
「楽しかった!」「修学旅行!」 日本の小学校の卒業式で当たり前のように行われている、全員で声を合わせる「呼びかけ」。実はこの感動的なスタイルは、昔から日本全国にあったわけではなく、群馬県のある小さな小学校から始まったと言われています。
いつ、どこで、なぜ始まったのか、卒業式の「呼びかけ」のルーツを解説していきます。
1. 実際にどこの学校から始まったのか?
発祥の地となったのは、群馬県にあった島小学校(しましょうがっこう)です。
当時の正式名称は「群馬県 佐波郡 島村立 島小学校」でした。その後、市町村合併などに伴い「伊勢崎市立 境島小学校」と名前を変え、残念ながら児童数の減少により2016年に閉校してしまいました。しかし、この群馬県の小さな学校で生まれた文化は、今も日本中の学校の卒業式で生き続けています。
2. いつくらいから呼びかけはあるのか?
日本で初めて「呼びかけ」方式の卒業式が行われたのは、1955年(昭和30年)3月のことです。
今から約70年前の出来事になります。当時の卒業式は、来賓の挨拶や証書の授与が淡々と進む、今よりもはるかに形式的で堅苦しい儀式でした。そこに「セリフの掛け合い」を取り入れたことは、当時としては非常に画期的な出来事でした。
3. 呼びかけが始まったきっかけ
この「呼びかけ」を生み出したのは、当時、島小学校の校長を務めていた教育者の斎藤喜博(さいとう きはく)氏です。
斎藤校長は、当時の卒業式が「ただ形式的に行われるだけの大人のための儀式」になってしまっていることに疑問を抱いていました。そこで、「卒業式を、子どもたちが主役となり、一人一人が作り上げる表現の場にしてほしい」という強い思いから、このスタイルを考案しました。
【当時の呼びかけの意外な事実】
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台本は校長の手作り: 最初は斎藤校長自身が台本を書き、それを子どもたちが演じる演劇のようなスタイルでした。
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大人にもセリフがあった: 始まった当初の呼びかけには、卒業生や在校生だけでなく、なんと先生や保護者にもセリフが用意されていました。会場にいる全員で卒業式を作り上げようという、非常に温かいコンセプトだったのです。
この島小学校での斬新で感動的な卒業式は、教育関係者の間で瞬く間に大きな話題となりました。そして、この取り組みに感銘を受けて学んだ全国の先生たちによって日本中の小学校へ広まり、現在の「定番の形」として定着していったのです。